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提示年収が二十万、三十万しか違わない二社で迷っている。この状態で決め手を探している人に向けて書きます。結論から言うと、その差は年収欄を何度見比べても埋まりません。差がつくのは住居費と退職金で、どちらも求人票の年収欄には出てきません。しかも、聞く相手と順番を間違えると答えが返ってこない類の情報です。
家賃補助があるのは、会社の都合が先にある
家賃補助や社宅がある会社には共通点があります。転勤の多い会社、不動産の開発事業者、地方で採用に力を入れている会社。この三つに偏ります。業界全体で見れば二割ほどで、あるのが普通ではありません。求人票の福利厚生欄に書いていなければ、まず無いものとして見てください。
ここで押さえておきたいのは、補助が手厚い会社ほど、住む場所を会社が決める度合いが高いということです。補助は福利厚生の看板である前に、異動を受け入れてもらうための費用として設計されています。「借上社宅完備」と大きく書いてある会社は、裏を返せば人を動かす前提で回っている会社です。住居費が浮くことと、二年後に自分がどこにいるかが読めないことは、同じ制度の表と裏になります。
そして求人票に書かれるのはたいてい「借上社宅制度あり(規定による)」の一行だけです。この「規定による」の中身が、面談で聞いた後日談だと一番食い違います。よくあるのは適用範囲です。転勤者に限る、単身赴任者に限る、現住所から通えない場合に限る、通勤時間が一定を超える場合に限る、世帯主のみ。内定を受けてから条件通知を読んで、いま住んでいる部屋から通える距離だったために対象外だった、という話は珍しくありません。その段階で覆すのは難しい。企業側も「規程どおりです」としか言えないからです。
もう一つ、金額の効き方が形によって変わります。現金で住宅手当として支給されるのか、会社が部屋を借りて自己負担分を給与から引くのか。同じ月三万円でも、手当として給与に乗る形と、会社の借上で自己負担を引く形とでは、手元に残る額の出方が違います。細かい扱いは会社の経理の処理によるので断言はしませんが、金額だけでなく「どちらの形か」を聞いておくと比較が正確になります。都心部で月三万円の補助なら年間で三十六万円。提示年収が三十万円高いほうを選んだら手元は減っていた、という逆転は普通に起こります。
退職金は「制度がある」ではなく「自分に出るか」
退職金は、三年勤めれば支給対象になる会社が多い。ここまでは求人票の「退職金制度あり」で読み取れます。問題はその先です。
五十代後半で入社すると、定年までの勤続年数が足りず、制度はあるのに受け取れないことがあります。定年が六十歳で五十八歳入社なら在籍は二年。支給要件の勤続年数に届きません。定年が六十五歳まで延びているのか、六十歳で一度区切って再雇用になるのか、再雇用の期間が勤続年数に通算されるのか。会社によって全部違います。
そして企業は、これを面接で自分から説明しません。悪意ではなく、採用担当に「年齢別に制度の効き方を説明する」という習慣がないからです。聞かれれば答えます。聞かれなければ、制度の一覧を渡して終わりです。四十代までなら気にしなくていい話が、五十代に入った瞬間に、提示年収の比較より大きな差になります。
建設業退職金共済については、比較的入れる会社が多いという程度にとどめます。掛金の扱いは会社ごとに違い、給与から多少控除される場合もあるらしい、というところまでしか私も把握していません。ここは制度の解説を読むより、その会社がどう処理しているかを一言で聞くほうが早い部分です。
ついでに昇給欄にも触れておくと、あの欄は制度の有無を示しているだけで、実際にいくら上がるかとは別の話です。この業界の昇給は年功で積み上がりません。できる技術者と、ポジションが上がった人が上がります。十年後の年収を求人票の昇給欄から線で引いて比べるのは、あまり意味がありません。
家賃補助や退職金と同じで、賞与も「ある」かどうかでは分かりません。何か月分が何を基準に決まるかは提示年収が同じなのに手取りが違う。賞与の中身をどこまで聞くかに書いています。
なぜ求人票と担当者から、この二つが出てこないのか
人材紹介の紹介手数料は、決まった年収を基礎にして一定の割合で計算されます。つまりエージェント側にとって、数字として意味を持つのは年収です。社宅の自己負担がいくらか、退職金の支給要件が何年か、といった項目は手数料の計算に入りません。
入らないものは、社内に情報として溜まりません。年収レンジは決まるたびに実績で上書きされ、担当者の間でも共有されます。一方で社宅規程が改定されても、企業からわざわざ連絡は来ません。求人票の福利厚生欄は、最初に企業からもらった原稿がそのまま残っていることがあります。担当者が手を抜いているという話ではなく、更新される仕組みが無いという話です。年収の求人票の年収の読み方 幅・みなし残業・賞与のどこまでが確定分かと同じ精度で福利厚生欄を読もうとすると、そこでずれます。
もう一つ、応募者にとって不利な事実を書いておきます。条件の細かい確認を、内定が出る直前にまとめて大量に投げると、企業にもエージェントにも「まだ迷っている」と読まれます。企業側は、内定を出す前後で他の候補者の選考を止めていることがあります。そこへ確認事項が何往復も続くと、温度が下がる。担当者も、社内では決まる見込みのある案件として報告していますから、話が長引くことを歓迎しません。
だから、聞くこと自体を遠慮するのではなく、聞く量と時期を設計します。三つに絞って、一度で投げる。これが現実的な落としどころです。
聞く相手と順番を間違えると、答えが返ってこない
まず、現場側の面接官には聞かないでください。二次面接に出てくる工事部長や所長クラスは、社宅規程も退職金規程も見たことがない人がほとんどです。答えられないうえに、その場の判断材料は「現場を任せられるか」の一点なので、待遇の質問は情報として持ち帰られません。持ち帰られるとすれば「条件を気にしていた」という一言だけです。これは得になりません。
聞く相手は人事です。ルートはエージェント経由がいちばん通ります。このとき、口頭で「社宅ってどうなってますか」と頼まないでください。担当者のメモから抜けます。メールかチャットで、そのまま企業に転送できる文面にして渡します。たとえばこう書きます。
選考を進めるうえでの判断材料として、人事のご担当者に三点ご確認いただけますか。(1)借上社宅または住宅手当の適用条件。転勤者に限られるのか、現住所から通勤可能な場合も対象になるのか。(2)現金の手当として支給される形か、会社が借り上げて自己負担分を控除する形か。(3)退職金の支給要件となる勤続年数と、定年年齢および再雇用時の勤続の扱い。
投げる時期は、二次面接の前後です。内定通知を待ってからでは遅い。条件通知書の社宅欄は「別途社内規程による」の一行で終わることが多く、そこから詰め直すと日程が延びます。
返ってきた答えの読み方も決めておきます。「規定によります」で止まったら、担当者が確認していないか、企業が答えていないかのどちらかです。そこでもう一度、「自分の場合に該当するかどうかだけ、可否で教えてください」と投げ直します。二度聞いても輪郭が出ない会社は、規程が文書として運用されていないか、例外運用が多い会社です。入社後に個別で融通してもらえる会社ではない、と考えたほうがいい。この「二度目の返答で会社の運用の質を見る」というのが、私が面談でいちばん伝えていた部分です。
可否で答えが返ってきたら、オファー面談の場で「自分の場合は月いくらの負担になりますか」と本人の口から確認し、その場の数字をメールでエージェントに共有しておきます。間に一社挟むと、記録が残ります。提示額そのものがどう決まるかは提示年収は面接の後に決まります。稟議で何が足され、どこで止まるかに書いたとおりですが、住居費と退職金は稟議の外にあるので、年収交渉とは別の線で確かめる必要があります。
今日やるのは、比較表に一行足すことだけ
夜のうちにできることを一つだけ挙げます。いま比べている求人を並べた紙かメモに、年収の横へ「入社後に自分が毎月払う住居費」の行を足してください。いまの家賃をそのまま書く欄と、転居する前提なら想定額を書く欄。補助が出るかどうか分からない会社は、まず補助ゼロで埋めます。
それで差が縮まったり逆転したりするなら、前の章の三点を文面にして担当者に投げる価値があります。逆に、住居費を入れても順位が動かないなら、その二社の差は年収欄の中で決着していることになります。どちらにしても、判断の材料が一つ増えます。


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